建築遺産ギャラリー

建築遺産ギャラリー2017Backnumber


◆◇◆建築遺産ギャラリー◆◇◆────────────────────

□ご購読ありがとうございます。購読のお申し込みに従いまして貴方のメール
 ボックスにお届けいたします。購読は無料です。
□建築遺産ギャラリーNo.158 12月18日号をお届けいたします。

◆◇◆目次──────────────────────────────

1.年末年始の配信について
2.鹿鳴館
3.近代建築史
4.配信案内

◆◇◆年末年始の配信について─────────────────────

☆メールマガジン『建築遺産ギャラリー』をご購読ありがとうございます。
 早いもので今年もあと僅かとなりました。今年のメールマガジンの配信は
 本日12/18(月)迄と致します。

 年明は1/8(月)より開始いたします。
 本年同様、2018年もよろしくお願いいたします。

◆◇◆鹿鳴館─────────────────────────────

☆歴史的な建築物を学習してみよう!

 今回は近代建築史《鹿鳴館》のご紹介です。
 http://www.kenchiku-gallery.com/kindai/023.htm

 [所在地] 
 東京都千代田区内幸町にあった、明治政府によって建てられた迎賓館。
 1940年に取り壊され、現在跡地にはNBF日比谷ビルが建っています。 
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 英国人技師『ジョサイア・コンドル』の設計により、1883年に建てられた
 鹿鳴館は、政府高官や外国の公使など接待するための欧米風の社交施設で、
 明治時代の欧化政策を象徴する建物でした。

 当時の外務大臣、井上馨が推進し、政府が雇用した西洋建築の第一人者、
 ジョサイア・コンドルに設計を委ね、日本が文明国として西欧諸国と対等に
 外交するための親交の場として造られたのです。

 外観は、フランス瓦で葺いたマンサード屋根、アーチ型のファサードなど、
 ヨーロッパの建築様式にイスラムの様式も加わった独特なもので、1階には
 大食堂、談話室、2階には舞踏室の他、バーやビリヤード室までありました。

 ここで盛んに舞踏会が行われ、華やかだった鹿鳴館外交ですが、欧化主義の
 反発から下火になり、華族会館に払い下げられ、その後取り壊しとなって、
 今では跡地に石碑があるのみです。

 現在の日比谷、帝国ホテルの隣、NBF日比谷ビル(旧大和生命ビル)のあたり、
 文明開化の波にのまれ、消えて行った鹿鳴館は跡形もありません。
 唯一、両国の江戸東京博物館に、模型として当時の姿が残されています。

◆◇◆近代建築史───────────────────────────

☆近代建築史 設計者と代表的建築物を覚えよう!
 http://www.kenchiku-gallery.com/kindai/

 近代建築史の建築物を紹介しています。近代の時期に建てられた建築物。
 日本では西洋の建築様式や技術が伝わった幕末期以降の建築物で洋風の意匠
 を取り入れたものを指します。

◆◇◆配信案内────────────────────────────

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